コロナの株式投資+αDiary

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自信過剰、否定的な人とは真っ先にコミュニケーションを絶ったほうがいい。

 

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最初に、自信の話の解決策はセルフコンパッションを鍛えればいいだけの話であり、自信が強い、弱いだけの話だけでは議論は平行線のままであるのは断っておく。

 

 

ネット社会になってから普段接することのできない人物と接することできるようになり、非常になめらかな社会になっているが、同時に炎上や煽り発言も多い。

 

 

この手のコミュニケーションギャップが起きるのは、大部分が文字によるコミュニケーションになっており、伝聞・推定の第1次情報がメインだからだ。プロフィールに「弁護士、年収1000万、金融資産1億」とでも書けば脳に何かしら影響を与える。人はどれだけ非言語でコミュニケーションをしているのか分からないと、負のスパイラルへまっしぐらだ。

幾何学で、現物で、会ってやりとりしろなんて無茶なことはできないが、ある程度コミュニケーションギャップを知っておかないと、賢者ではなく愚者になってしまう。陳腐な批評家になりたいなら愚者になればいいが。

 

 

 

これらのコミュニケーションで出てくる炎上で、自信過剰、否定的な人をブロックする人は非常に合理的なことは確かだ。本当に自信過剰か、否定的か吟味する必要があるが、シャットアウトしなければ自分と目的を一緒にしたり、人生を共に生きていく人と会う機会を失われるからだ。

対人関係はトレードオフの関係にある。

 

 

自信過剰な人を見分けるなら人との会話で身につけるしかない。

例えば、「自分はあいつより優れている」「自分の言葉で喋れ」「行動で示せ」大概謙虚な人はこんなことは言わない。相手に箴言する際であっても、少なくともこんな自信満々で諭さない。そしてこのようなことを言う人には逆に根掘り葉掘り聞き返せばいい。どれだけ空虚な人か分かる。(先程も言ったが合理的な人ならこんなことせずシャットアウトするだろう)

 

 

一番厄介なのは自信過剰な人には「いいぞ、もっとやれ」と自信過剰な人を利用する人がいる点だ。自信過剰な人は操られていることも分からぬまま、暴走を始める。そして「いいぞ、もっとやれ」と言う人と長期的に関係が続いた例はあまりない。精神的に孤独への道へまっしぐらだ。

 

 

 

ではこの自信過剰って何なのだろうか?

 

 

 

自信があると、自分が強くなったように感じる。「お前弱いな、誰か俺より強いやついないかな」「そんな考えじゃダメだよ」と。実際、自信過剰な人が発する言葉からはサクッと相手にしないほうがいいのは多くの調査で明らかだ。というより実生活レベルで当然分かる次元の話だ。無能な者より自信過剰な者が危険をもたらす。

 

 

 

株主総会の年次報告でも、人の演説でも何でもいい、「私」「俺」「自分」を過剰に使っていないか観察すればいい。金融アナリストのローラ・リッテンハウスが見つけた特徴だが、傲慢さに飲み込まれ、自己陶酔に陥っている人は現実を直視できていない。自己の盲目さに気づかない。否定のプロのため、現実の否定もプロなのだ。

 

 

 

ではもっとも自信家な人達を集めてチームを作ったら?自信を基準に人を集めれば、無能や人と有能な人に分かれる。「ダニング=クルーガー効果」が発生するのは時間の問題だ。

ダニング=クルーガー効果 - Wikipedia

 

 

 

自分には力があるという認識が、人間性に悪影響を及ぼすという研究は腐るほどある。権威的な力を得れば、人を非人間的に扱うときもあるだろう。権力のある地位に立てば、短期的には問題のある場合でも、長期的には正しいと思われる決断をする。軍隊でも企業でも起こりうる。

自信過剰な人は嘘をつく回数が増え、嘘が上手になっていき、誰かを傷つけても平気になる。いちいち一人一人見て生活していては自身のメンタルが崩壊し、また利己主義から遠のくからだ。

 

 

 

自信に満ちた状態はいわゆる妄想状態であり、何かを成し遂げるのは役立つが、何かを変革するのは困難になる。要するに物事を変える力に乏しい。

私たちは確信がないときのほうが、新しい考えを柔軟に受け入れ、能動的にも受動的にもアンテナを広くもてる。(なんかさっきからあたりまえのことばかり書いている気がする)逆に自信のある人は聞く耳を持たない、理由は「その必要がないから」

 

 

では他者の考えに耳を傾けるのはいいことなのか?結論から言うと、知力を高めたければ耳を傾ければいいし、猿になりたければ傾けなければいい。(ただし、自信過剰、否定的な人の言葉はシャットアウトしたほうがいい)

 

 

これはなぜか?他者の考えに耳を傾ける人は相手の観点で考える必要があるからだ。人との交流で認知機能が高まる。ここでどういう人と接すればいいかおのずと身につく。他者を責めずに、自身の誤りを認める可能性が高い人同士のコミュニティができる。そして人の手柄を横取りすることもあまりない。組織や社会全体を成功へ向かわせるのは概してこのタイプ。

 

 

 

「いや、俺は傲慢なほうがいいし」「周りなんか知ったこっちゃねぇ」「で?何?」みたいな傲慢な人は2重の災いが起こる。まず、自信満々なので人の話を聞かなくていいのだと誤解する。すると誰もあなたに異論を唱えなくなるのはもちろんのこと、長期的には誰もあなたと話したくなくなる。そして大きな失敗をしたとき、周りが拍手喝さいで喜ぶ関係の出来上がりだ。

 

 

 

では傲慢の逆の、謙虚な人に起こる2つの利点はなにか、それは現実を把握できることと、傲慢にならずに済むことだ。説明は省くがジョンズ・ホプキンス大学病院の結果で明らかだ。というよりこれも実生活レベルで分かる問題だけれども。。。

 

 

ネガティブな感情は意外と人の成長を促すことが多い。出発点から自信満々だと、究める道にはいけない。

他者を味方につけるにはもちろん楽観主義と自信が必要だが、問題点を見つけて改善するには、否定的な考えと悲観主義が必要だ。人と話すとき、どちらかに極端に振り切っている人とは長い長い会話になることを覚悟しなければならない。

 

 

 

同業者から好ましいリーダーとしてみられるのは謙虚な人だ。私たちはリーダーにはナルシズムの傾向が強いと思い、ナルシスト+自信家がリーダーに選ばれやすいと思っているが、結局リーダーとして成功していない事例は多々ある。ナルシストは自身がかっこよく見える機会があれば活躍するが、今こそリーダーが求められるというときには熱心に仕事をする可能性が低いからだ。(能力が無いから)

 

 

 

つまり、吟味した結果自信過剰な人と判断された場合、合理的な人はこんなことを感覚的に体得し、人をブロックしたりシャットアウトしていると思えば腑に落ちる。