コロナの株式投資+αDiary

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3年A組 ―今から皆さんは、人質です― が反響を生んだ理由

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3年A組最終回、終わりましたね。毎週彼女が食い入るようにみてました。私は対照的にあまりテレビを観ません。ただ、視聴率のニュース、ネットで話題になったニュース等をみて、「なんでこんな反響を生んだのだろうか」と考えさせられます。

 

つまるところ、ユーザーの年代や利用者数は異なりますが、SNSをどう使うのか今まで疑問に持ってたひと、悩んでた人にとって反響があったのかなぁと思います。

 

ドラマ中のマインドボイスのシーンでは誹謗中傷や、匿名性のあるコメントに対する強い意見が出ていましたね。

 

前提として、人が文字や言葉から受け取れる情報は微々たるものです。

 

心理学でも学び、会社の新人研修でも学んだことのひとつに、「メラビアンの法則」があります。人が話す時に、相手に与える印象はボディランゲージからが55%、声のトーンからが38%、言葉そのものからは7%しかないという法則です。

 

「この人いい人だな」と非言語的なことから脳が認識すれば、多少言語的につぎはぎが合わなくても人は会話を受け入れてしまうのもメラビアンの法則から頷けます。また、政治家は人々から嫌われがちですが、元内閣総理大臣田中角栄は実際に人に会って話すことで、自分のことを嫌っていた人も会って話せば分かってくれるという事実を認識したという話もあります。

 

基盤からそんなにしっかりしていないという事実からSNSを利用したほうが受け入れやすいです。

 

哲学者のスピノザはこういった文字、伝聞情報を1次情報としています。例えばイングランドがここから座標で表すこともでき、地球儀を使えばどこにあるか指すことができるが、いまもその場所に、そのイングランドという国があるのか?ともなるし、親から「あなたは何年何月何日にOOで生まれた」という情報もあなたが認識して、経験したわけではないので正しさという点では信憑性が薄いとなってしまう。そういった基盤のもとで私たちは生きていると思わされます。

 

上の田中角栄の話も私が実際に会って、話したことのある方でもないですし、私たちの会話にはこういった要素が山のようにあるということですね。

 

そして人間精神の話では私たちの精神性は一定ではないので、10年もたてば個人の主義主張は変わることもあるし、言っていることは変わっていきます。私含め精神性の変化は逆らうことが難しい現象です。私たちの記憶も曖昧であるし、生活において不完全性は多いものです。(エビングハウス忘却曲線の話もあるし。。。)

 

一方で、心もとない言葉、誹謗中傷で傷ついてしまうのも事実です。基盤がゆるゆるなら起こりうる事実です。発言は誰かを勇気づけ、一方で誰かを悲しませることがある。せめてもの対策は、自分が考えて相手に対して慎重に言葉選びをすることくらいでしょうか。

 

pic.twitter.com

 

スピノザは「エチカ」で無知な人々と自由な人々との相互作用、付き合い方を第4部定理70以降で書いていたりします。現代でいえば受け入れ、納得させられる定理だと思われますが、当時でさえ民衆との付き合い方に苦労したのであり、そんなに簡単に人々との生活法は築けませんが、良いヒントになります。

 

 

そういえば2000年代前半にOO2.0って言葉が出てきましたよね。。。

例えばWeb2.0とか。そのトレンドのひとつに、WikipediaとかTwitterとか、人々の集合知が現れるといった内容もありました。また、Facebookによって民数が集まり抗議が起きたこともありました。2011年の中東諸国の民主運動「アラブの春」です。それまでは政府の言論統制は強力な拘束力をもっていたが、SNSで人々の自由の幅が広がると。

 

自由になったら今度はルールやリテラシーが形成されていくものです。

 

ただ、科学と難しい点は反証可能性が示しにくいという点だと思いますが。

イギリスの科学哲学者にカール・ポパーがいますが、反復可能性という「提案されている命題や仮説が、実験や観察によって反証される可能性があること」という意味、すなわち「あとでひっくり返される余地があるか」という部分が、科学においては肝になるものです。

 

科学は反証ができて、科学的であるとされます。要するに反論の余地が外部に対して開かれ、再現性もある現象は科学的です。一方思想、信条は反証が非常に難しい分野です。思想、信条は反論しても結果が100年たって常識化するのもざらです。低俗だと思われてた文化がハイセンスな文化とみなされることもあります。

 

 

 

じゃあ何をすればいいの?どうしたらいいの?ってなったとき、3年A組の説教の言葉は割と使えそうな気がする。